VueTheoros

シーシュポスの神話の丘
C・スキアレッチ演出『肝っ玉おっ母とその子供たち』
松原 道剛



 この劇場の横長で奥行きのない舞台に、3シーズン目の今回のブレヒトには幕はなく、薄暗いなかに、床面が下手から上手までずっと並行に人の背丈ほどの高さに畝っている。奥行きをとれないためか、かなりの勾配の斜面から中央部分だけ、取り払われた客席のほうへ平面になって四角く出っ張っている。その仮設の下手側、客席のレベルに音楽家たちの場所、7つの椅子とアップライトピアノと小太鼓などの打楽器が並べられている。
 煙草の煙だらけのロビーで時間を潰して、ほぼ満員の客席の指定された席につくと、いつのまにか7人の音楽家、2人のフルーティスト、それにトランペット、パーカッション、ギター、アコーディオンの各奏者と指揮者を兼ねるピアニストが登場していて、ベルがなるでもない、舞台が明るくなるでもない、しばらくして音楽の演奏が始まると開演である。
 冒頭、相変わらずの暗い舞台に、17世紀ドイツの30年にわたった宗教戦争に従軍する兵隊たち、曹長と徴兵係が上手から登場し、しばらくして下手側舞台奥の水平線の向こうからは、母親とその息子2人と娘が、幌車を押したり引いたりしながら、斜面を這い登り、つぎに転げ落ちないように下りながら登場する。この斜面を人を乗せた幌車を操作するのに、裏からロープか何かの介助があったとしても、俳優たちにとっては演技とは異なる別の力作業も必要になってくるはずで、けっしてたくみだとはいい難いそのための梶棒の十字架が、カトリックとプロテスタントのあいだのこの戦争を象徴的に暗示しているとするのなら、これはゴルゴダの丘の受難の道行ではないのだろうか、あるいは演出家がいうように、シーシュポスの神話なのだろうか。
 ようやく幌車の操作が一段落すると、肝っ玉おっ母のナダ・ストランカールが早速、この戦場における女酒保商人である自己紹介に「肝っ玉の歌」を歌う。パウル・デッサウの音楽と幌車の他に何もない舞台、それに明るくならない照明(ジュリア・グラン)、そして肝っ玉の図太く深みのある声によるドイツ語ソングに、ブレヒトの世界にひきずりこまれてしまう。
 肝っ玉は商売をするかわりに、この第1場から徴兵係に言いくるめられて、兄息子アイリフを兵隊にとられ、その上、占いによって早々に3人の子供たちの運命を提示してしまう。斜面を動く幌車は、担手が減って今にもコントロールを失いそうである。いつのまにか弟息子シュヴァイツェルカスも軍服を着ている。軍人をはじめ、軍隊付料理人や美しい淫売イヴェット、従軍牧師がこの肝っ玉の商売相手になり、またその邪魔をする。正直者の弟息子は会計係の役目を果たし損ねて、死刑となって死体で運ばれてくるが、その責任追求を逃れるために肝っ玉は息子だと告げることができない。唖の娘カトリンと女2人となっては、全財産を積んだ幌車は、斜面の途中でますます重荷のようである。しかし、肝っ玉はドイツはもとより、ポーランド、イタリアを駆け巡り、戦争のさなか戦争のおかげの商売を続ける。
 いつまでも明るくならない舞台、その一方、水平線の向こう、舞台全面のホリゾントに広がる白雲の浮かんだ明るい青空。それらの前に登場人物たちは、全員が逆光のなかでシルエットになる。ときどき、そこに映し出された空の明るさや鮮やかさが変化し、青空も朝焼けや夕焼け、やがてトワイライトブルーから夜の空に、さまざまに色彩を変化させていく。そのなかに浮かんでいる白い雲も、照度と明度を、そして色彩を変化させ、いまにも流れていくかのように錯覚されるほどの光と影の見事な対比である。
 舞台には幌車のほかには旗竿・洗濯物干し、大砲などの最小限の装置しか登場しない。登場人物たちの汚れ破れているはずの衣装や軍服も、美しいシルエットを描くばかりで、このとてもシンプルで美しさを追求し尽くした舞台は、戦場の混乱と猥雑さを排除して、私にはブレヒトの舞台空間としてのひとつの絶妙な回答を提出しているように思われた。
 そして舞台終幕、カトリンが市民への奇襲を知らせる太鼓をたたくために屋根に登る司祭館は、まるで人形劇の装置のように人体寸法から見事にスケールアウトしている。背景の空の群青と、カトリンの内面だろうか、火をつけられて燃え上がるような司祭館の深紅の色彩の鮮やかなコントラストの妙。屋根の上から壁に立て掛けられた梯子を指でつまむように取り除くと、カトリンは中断を忠告する農民たちを見下ろしもしないで、太鼓をたたき始める。口をきくことのできないカトリンが、最後に示す彼女自身のシグナル。しかし進軍を知られることを恐れた兵隊たちは、大騒ぎの中、結局屋根の上のカトリンを撃ち殺す。娘の死骸の前でしばらく嘆き悲しんだ肝っ玉は、最後にホリゾントの天空に向かってひとりで空になった幌車を牽いていく。
 休憩を含めて、3時間半をこえる上演。未明にわたる舞台に、いつのまにか客席の子供たちの姿は消えてしま っていたが、ブレヒト演出の舞台はともかく、70年代のヘレーヌ・ヴァイゲルの来演を思い出していた、かの地のブレヒチアンたちも多かったに違いない。
(2002年3月30日、パリ、コリーヌ国立劇場)

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